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夏から夏へ (集英社文庫)



評価
著者 佐藤多佳子
出版社 集英社
読者 男性あきゃさん
読書日 2010年07月18日(日)
発売日 2010-06-25
書籍コード ASIN:4087465772 ISBN:9784087465778
値段 540円
形態 文庫 10.6×15.4×2.0cm 全320ページ

 コメント

2007年世界陸上大阪大会から2008年北京五輪へ向けての、通称、‘四継(ヨンケイ)’と称される陸上競技の100m×4人リレー全日本チームメンバーの姿を追ったノンフィクション。
著者の陸上をテーマにした青春小説の名著「一瞬の風になれ」刊行以降、強い関心を抱いて代表選手やその周辺人物を丹念に取材してまとめ上げたものである。
プロ野球以外のスポーツにはほぼ関心がなく、まして陸上競技など小学生時代の記憶はトラウマに近いものを抱いている身としてはテーマそのものには殆んど惹かれるものがなかったのだが、「一瞬の風になれ」が非常に印象的であった事から、著者が現実の競技者をノンフィクションとしてどう捉えて描いているかに関心があって手に取った。

これがかなり面白かった。
取り上げられているメンバーは、1走塚原直貴、2走末續慎吾、3走高平慎士、4走朝原宜治、リザーブ小島茂之というラインナップで、本書を読むまでは正直辛うじて末續の名前だけは耳にした記憶がある、という程度の知識しかなかった。だが本書では、個々の性格や考え方、陸上に対する取り組み、精神的な強さ、或いは克服した弱さというような、一人の人間を理解していくための要素が様々な角度から描かれているので、読み進めていく内にそれぞれの選手がまるで昔からの知り合いであるかのような近しさを感じる存在に思えて来る。その上で、世界のトップレヴェルの中で如何に自分自身を鍛え上げたか、という部分が、決して驕る事なく単に歩んだ道のりとでもいうように淡々とからられている部分を読むと、逆にその言葉の裏に隠された沢山の苦しさや辛さ、或いは口惜しさというような、それぞれがバネにして撥ね返して来た要素の重みが伝わってくるようで、胸が熱くなってくるのである。
前半部分は、世界陸上大阪大会の現場を再現したタッチで綴られており、その場で選手が感じていた熱気や興奮、不安感、或いは冷静さを保ち続けている己自身という心象風景に終始しているのだが、読み手はまずその場で試合直前に於ける選手の心境に同調し、その後に連ねられたインタビューを通じて、何故その時そう感じたのか、或いはそういう心境にあったのかを理解していく構成になっているので、より気持ちが入りやすい仕上がりになっている点も優れている。

こうした感想を読み手に抱かせる要因は、選手それぞれが世界レベルのアスリートに生育していく過程に於いて一人の人間としての総合的なメンタル部分も同時に成長していった事を証明すると同時に、本書に於いて著者自身が真摯な姿勢で取材に取り組み、その姿勢を選手の側も認めて正直に余すところなく胸の内をさらけ出した事を如実に物語っているからであると思う。

「一瞬の風になれ」が、どちらかと云えばマイナーな部類に属する陸上競技というものの面白さについて蒙を開かせる入門書であるとすれば、本書は現実のトップアスリートの姿を描き切る事によって現在に於ける日本の陸上競技の無限に広がる可能性を秘めた進化過程を世に知らしめるガイドブックの役割を果たしていると云える。
少なくとも、運動会でいつもビリから一番だった少年の目の向きを変えるだけの力は、充分にあった。

 名言

ズレた意見かもしれないが、この4継という競技は、やはり、学校の運動会の延長線上にあるのかもしれない。あの赤白のJAPANのウェアを着ているのは、まぎれもなくトップ4のスプリンター、我が国の代表選手なのだが、同時に、我が家の俊足の次男であったり、運動会の日だけは自慢の兄貴であったり、ひそかにあこがれているクラスの○○くんであったりするのかもしれない。我々は、幼い時から、なぜか、単純に足の速い子にあこがれ、その子たちが活躍するリレーをめいっぱいの声で応援しつづけてきた。そんなそれぞれの個人史を持つ、五万人の観客が、古い幼いシンプルな夢を託している。
 がんばれ!
 みんな、速く走れ!
 昨日みたいに、すごいヤツを見せてくれ!
 めいっぱいワクワクさせてくれよ!

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