中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
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コメント
ある男が昼休みを終え自分のオフィスのある中二階へ続くエスカレーターに乗る直前から降りるまでの、ほんの僅かな時間に考えた事を綴った小説。
そんな短時間の話が小説になるのか、という疑問もあると思うが、とにかく主人公のこの男、考える事が細かい!
ストローが紙製からプラスチック製にとって代わった事の意義について、履いていた靴のひもが日を置かずして左右とも切れてしまった事に対する力学的見地からの偶然性の有無、トイレットペーパーのミシン目に対する限りない讃辞、お気に入りの耳栓への深い愛情などなどなど、些細な事柄に対するミクロな考察が連綿と綴られている。
しかも、時に本文のページを激しく浸食するほどの膨大な分量を費やされた脚注が、どうでもいいような話を更に脱線させていく。
確かに、無意識的に考え事をしている時というのはその内容は取りとめもないものだったりするし、なぜその時にその事を考えていたのかを人に問われたとすると、その連想の背景も含めて解説しようとすれば必然的に説明は長くなる。(実際、自分がこうして書いている書評がいやに長いのも自覚しているが、理由はそういう事だ。)
とはいえ、たかだか数十秒程度と思われる時間の思考のみで本が一冊完結してしまっているというのは、かなり凄まじい事ではある。
基本的に作中で大きな出来事は発生しない。
起承転結があるのが小説の基本だとすれば、本書はその概念を大きく外れている。正直に云えば読んでいる途中、これは小説の体裁を取ったエッセイなのではないかとさえ感じた。
だが、主人公の男の細か過ぎる思考経過を辿っていくうち、その描写の細かさゆえに自分の思考が主人公のそれとシンクロしていくような妙な感覚に陥る。簡単に云えば、主人公が日常思い巡らせている記憶を追体験している気分になるのである。それも、主人公自身のプロフィールが殆んど明かされないにもかかわらず、である。
その意味においては、十分に小説の態をなしているのだと気付かされる。
またその観察力と描写力の秀逸さゆえ、考察のクドさの割には不思議と飽きる事がなかった。ひとつ間違えば果てしなくウンザリしそうな文章なのだが、その辺りの匙加減というかバランスがかなり絶妙なのだと思う。
まぁ、一般的な小説の概念から逸脱しているという意味に於いては、本書は間違いなく奇書に属すると思う。
手に取ったきっかけは翻訳者が先日エッセイを読んだ岸本佐知子だったからである。
こんなヘンな物語を書く人間も書く人間だと思うが、わざわざ和訳しようと思う人もやっぱりちょっと変わってると思う。
それをちょっと面白がってる自分はどうなんだ?と問われると返答に困るのだけれど。





あきゃさん 